SAW4(ソウ4)解説・解読 ストーリー編11
閉鎖された苦い思い出のある小学校にリッグは到着しました。
奥に見えるイエローテープで囲われている扉の場所は、つい4日前に現場検証が行われたトロイゲームの爆破された教室です。リッグは赤い矢印通りに廊下を進んでいくと「?」マークの扉に到達しました。教室に入ると色々なメッセージが目に入ってきます。
黒板にはでかでかと「私が救うように救え」、小さな黒板には「お前の命は彼女の手に」こちらはレックスに対してのものですが、ある意味リッグにもDMで掛けています。それは「彼女」=「モーガン」が最後のテストになるからです。ここでリッグが学ばなければリッグの命は保障されません。モーガンでリッグの運命が決定してしまうのです。
この瞬間の残り時間32:52
教室の中央に二人の男女が吊るされています。男はレックス、女はモーガン、二人は夫婦。ご存知リッグがその昔救済しようとした虐待されていた少女の両親です。リッグがそうっと二人に近づくと、もう既にレックスは死んでいました。すると突然目覚めたモーガンが「やったわ!勝ったの!」と騒ぎ立てリッグがギョッとします、思わず「何をした?」と彼女に尋ねるとモーガンのゲームの回想シーンが挿入されます。
彼女の手に巻き付けられたカセットレコーダーを再生すると、DV夫の酷さが流され、モーガンはそれに耐えていた事が明らかになります。このボウガンの矢を抜くと夫が死ぬと理解した上で、彼女は躊躇無く自ら抜き取って行き、レックスは命を落とし彼女は気絶してしまうという内容のものでした。
一部始終を聞いたリッグは足元に置かれていた別のカセットレコーダーを発見し再生します。
それには教訓を学べたのかとジグソウからのメッセージと共に「次の目的地を探す手掛かりは「地図」の裏側にある」と最後にヒントを残し終わります。これに対しリッグは自宅で最初に手に入れたチェーン付の鍵に気付き、それがモーガンの吊るしている鎖から解放してやれる事を発見しましたが、苦しそうな彼女の最後の1本のボウガン矢を抜き取ってやると、先にヒントの答えを探し始めました。
大きな地図の裏側にトレイシーの写真を見付け、その写真裏に「GO HOME」とあります。コレもDMです。
「GO」の「G」のみが黒字の一風変わった字体になってる事に気付き、それが何処か解り「来るなら来い」という思いとは逆に、ジグソウは本気で「家に大人しく帰れ」という気持ちを込めています。警告なのです。しかしそれを判断するのはリッグ自身だと言いたいのでしょう。
しかしリッグはその場所を思い出してしまいます。(この発見の糸口の詳細は
SAWⅣのハテナ
に記述しております。)思い出したからにはリッグの習性で助けに行くのは当然なのです。そして時間の無いリッグはギデオンへ向けて出発しようとしますが、モーガンの「生きたいの」の訴えに対し、「自分自身を救え」と先程の鍵を渡すのです。彼女を置き去りにし、教室を後にしたリッグは非常ベルを鳴らします。コレで直ぐにモーガンが発見されるであろうから、心配ないといったところでしょうか。
実は劇場版にはリッグがモーガンのボウガン矢を抜き取るシーンはありませんでした。監督も何故、後で挿入したのか自分でも納得していないようです。私も納得出来ませんでした。リッグは「自分自身を救え」と彼女を救済しませんでした。これは彼が学習したと仮定する事が可能なのです。アイヴァンのゲームでもそうでした。リッグは流石にアイヴァンを助けたいとは思えず「救済の器具」=「スイッチ」を渡しましたよね?
モーテルで1歩学んだ上に、ここ廃校でも「救済の器具」=「鍵」を手渡す事で、より学習したにも関わらず、矢を抜いてしまうのはツジツマが合わないのです。結局学んだのか、学んでいないのか判別不可能な状態に陥ってしまっています。
突然ですが、ハリウッド映画はクライマックスシーンを2つ無いし3つと制作するのが通常なのです。脚本でもそのパターンに応じ、いくつか構想がされています。映像に撮ってみて初めてどれにするのか決定するのです。このSAW4も例外ではありません。
ですのでリッグやストラムの結末が実際はいくつかあったようですね。その内の1つにリッグはこれら3つのテストで学び、ラストで扉を開けないというのもあったというのです。しかし監督はこのラストを選びました。そこで、話を元に戻しますが、その関係で劇場版ではややこしいのでカットしたのかもしれないですね。考え方によっては、2つのゲームで学んだように見せて結局ラストでギデオンの扉を開けてしまうのですから、学んでなかったという結果になりますので、その予兆としてモーガンへの行動があったと。モノは取りようですかね;しかしそう考えたとするならば、本来なら鍵を渡さず開錠してあげれば一番手っ取り早いのですよ、リッグが何も学ばなかったと観客に簡単明瞭に説明する事が出来るのですから・・・ですので、やはり微妙にこのシーンは取って付けたようでヘンな気がします;
さて、この夫婦のボウガントラップですが、レックスには動脈に貫通しており、モーガンには動脈から逸らして筋肉や脂肪に突き刺さっているというのが人体解剖図の映像説明によってなされています。こんな事出来るのだろうか?と私は医者ではありませんので何とも言えませんが、一人だけに棒を刺すのなら可能な気がします。要は動脈を狙うなり、外すなりすれば簡単な感じはします。しかし二人をサンドイッチ状態にするのはどうなのでしょうかね?結構難しいのではないでしょうか?まぁコレは映画ですので深く追求するのはヤボです。
映画のこのSAWの世界では現実に出来たという事で話を続けていきますが、ただしコレをやってのけれるのは医者ではないと無理だという根拠は、正直何処にもありません。素人にも動脈位調べれば解りますので。素人に100%出来ないとは言い切れないと思います。何が言いたいかっていうとゴードン医師の存在です。存在否定になってはしまってますが致し方ありません。医者ならジルもいますし・・・勝手な妄想にはなりますが、おそらくこのシーンは”今のところ”(知っておられる方は意味を理解して頂いてるはずです)は、ホフマンが勉強して刺したのだと推測してます。
”今のところ”深い意味はないと思われます。
ところで、リッグのこれらの3つのテストは「ジグソウになってやってみろ」というものです。
1)私の見方で見ろ
2)私の感じるように感じろ
3)私が救うように救え
全てがジグソウの教訓でした。ここで改めてリッグゲームの解説及び解読をしてみたいと思います。
まず始めにリッグの一連のゲームはジグソウ後継者テストのようにも当然見えますが、一番重要なポイントが隠されています。それはこのゲーム自体のDMです。
隠されたもう1つのゲームの意味は「救済は自分自身しか出来ない」つまり「エリックを助ける方法」です。
実は1つ1つのゲームの中での共通するキーワードが存在しています。「救済の器具」です。
ブレンダを助けた事によって、彼女は自らの運命を変える「器具」(ナイフ)をジグソウから受け取りました。アイヴァンも、モーガンも・・・全て「救済の器具」がキーワードなのです。そしてリッグ宅玄関に置かれていた最初のメーッセージカードの文句を皆さん覚えてらっしゃいますか?「命を救う者、奪う者」です。このブレンダゲームの回に、私の解読で記述したように、全てが「自分自身」なのです。ジグソウは一番最初にちゃんと教えてくれていた訳です。しかもゲーム毎に毎回毎回丁寧に付け加えてくれていました。「救済の器具を」と。そして二言目には「学んだか?」です。
実際は「ジグソウになる為」に「学んだ」のではなく、「救済方法」を「学んだ」かという事だったのです。
リッグのしている事は現在も過去も「救済」にはなっておらず、これからもこのままでは助ける事が出来ない事を暗示しております。(もちろんジグソウの目から見た考え方ですが)そうです、リッグがこのままジグソウの考えを学ばずにいると、エリックの命を奪ってしまうという事に繋がります。
後の展開になりますが、エリックも又「救済の器具」を渡されますよね。「銃」です。エリックは自分自身で命を守らなければならないという意味を指し、結局リッグにはエリックは救えないと教えています。何度にも及んで救済は自身でしかないとジグソウが警告している事を、私達はその場だけのゲームについて考えてしまいがちですが、全てエリックに繋がっていたという裏の意味を理解せねばならなかったのです。こんなにストーリー展開が早くては考える余裕もないのでは?・・・・・;
では今回はこの辺で。
次回はリッグの押した非常ベルの通報で、廃小学校の現場検証にストラム達が到着します。
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